細かくいうと、ガイドさんでした、でも車内販売の歴史の本や飲み物などの案内をしていたので、どちらも兼ねているようでした。添乗員 添乗員 添乗員
ジャパニーズ、ジャパニーズ............? 言っていました。
しかし、日本軍とアメリカ軍が戦った島のツァーなので、言いたいことは想像がついていた。
最初のほうの、破壊されたコンクリートの建物附近でバスを降りての説明では、アサノセメント............?添乗員 添乗員 添乗員 添乗員
こんな感じで、お客さんに説明されていました。
その頃は、海もきれいで、工場に入ってくる船に泳いで行き、船の上から海へ飛び込み遊んだことなどが、思い出された。
あまり過去を振り返るのは好きではないのだが。
やはり、説明を理解するのは無理ですが、昔の日本のセメント会社の名前を聞かれたことには、満足できた。添乗員 添乗員 添乗員
たしか、ここ大分の県南にあった工場には、以前はアサノセメントの文字が書かれた、煙突を子供の頃に見た記憶がある。
マニラの添乗員のおっちゃんは、アメリカンだそうだ。
コレヒドールの島で、英語での説明をしてくれた。
おじさんは、聞くのも、喋るのも中学生程度の英語しかできないので、すべてが理解できなかった。



